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最近、寝る前によく頭に浮かぶことがあります。

今日も無事に穏やかな時間が過ぎて良かった・・・という思いと共に「あとどれぐらいこのような日々を過ごすことができるだろう?」という思い。


自分の人生を振り返るようになりました


母が認知症で施設入所となり、それまでの時間を思い出すとどうしても避けられない「人生の残り時間についての考察」に行き当たるのです。

子供の頃の何の不安も不満も無い日々、若くて目的は見つからないけど、やたら前向きでいられた青年時代、そして自分的にはバリバリ現役で仕事をこなした日々、お疲れ世代に入って体調不良や仕事への不満が爆発して早期退職した日々、母の認知症で振り回されながらもなんとか頑張った日々・・・

そうやってやっとたどり着いた母の施設入所で、少し自分の人生を振り返る余裕ができたのかもしれません。

やりたいことは思いついた時にやりましょう


そして今、時間もできたけど・・・若い頃、

退職後に興味あること、やりたいこと!」をさんざん考えていたというのに、かなりお疲れ世代に入ってるため、思うように自由に何かを始めることができないのよね。

そりゃぁ、世間には80歳から習い事始めた人とか、定年後に趣味の方面でブレイクした方が話題になっていますけど、なかなかみんながそうできるわけではないのです

普通の人なら、同じやりたいことをするなら、若いうちの方が体力もありますし、なんといっても人生の残り時間が多いですので、やっぱり有利です。

だいたい、何か始めようとしても、つい

今から大志を抱いても、いつ死ぬかわかんないしなぁ・・・」なんて頭に浮かんじゃうんですから、何事もやりたいと思ったら即、やっておくくらいでちょうどいいのだと今は思います。

とまぁ、やや愚痴めいたことを綴っておりますが、決して悲観的な気分でいるわけではありません。

何もしない時間が心地いい世代突入!


ここが年を重ねたからなのでしょう、妙にまったりとなにもしないでいることもそれはそれで心地いい・・・というのが、実感です。

今日も昨日と同じように平和な時間を重ねていく・・・やがて少しずつ、老化が進み、嘆いていた日さえ、「あんなに若くて元気だった」と思えるようになるのは結構あっという間かも。

そう思うと、なにもしない日々さえ、恵まれているとも言えますし、落ち着いて平和な時間を味わうのもこれまた一つの生き方の選択なのです。

死後100年したら自分の人生無かったことと同じです


やがて、私の人生も終わりを迎え、私の記憶を持つ人も減っていき、100年後には誰も私の人生や行動の記憶など無い日々・・・

私がついやってしまった失敗も、恥ずかしかったことも、我ながら醜い行動だな・・・と残念に思うことさえも、すべては誰も知らない過去になってしまう。

これって、無かったことと同じではないでしょうか?

そう考えると、自分の失敗とか、恥なんて結局、遠い未来には存在しないことになりますので、個人的には非常にハッピーな気がします。

法的に悪いことはいけませんが、それ以外なら、ほとんどの人の人生はなにをやっても、永久に残るなんて無いのですから、もっと自由に、遠慮無く自分の人生を生きていける・・・ということを、ぜひ実感してほしいと思います。