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昨日、テレビで「ロング・グッドバイ・・・」なる言葉を耳にしました。

ロング・グッドバイの意味は?


長いお別れ?


調理中だったので、切れ切れに聞こえてくる音声からは認知症という言葉も混ざっています。



就寝前になぜか気になったので検索してみました。

ロング・グッドバイは認知症のこと


結果は、アメリカではアルツハイマー認知症のことをロング・グッドバイと呼ぶのだとか。


だんだん時間をかけて記憶が薄れ、ゆっくりと別れの時に進む・・・そんな意味をこめた言葉らしい。



最近、母の認知症が進んでいる実感がある私にとってこの言葉は妙にストンと納得する響きだったのです

今年も桜が見れたよね・・・


桜の季節、今の家に越してきた頃は父も母も、十分元気でした。


歳相応に物忘れはあっても、通常運転の範囲内でして、日々にぎやかで忙しい時間を過ごしていたっけ。



あの頃は親が歳取って亡くなるというのはわかっていたけど、認知症の今の日々は考えたこともありませんでした



「今年も桜が見れたよね♪」と三人で話すのがこの季節の合言葉みたいなもの。



昨年は雨でいまひとつの桜でしたが今年の桜は昔、幸せだった頃見たような咲き誇る桜・・・



何の悩みも無かったあの頃に戻りたいな。

ふとそう思ってる自分がいます。

同じ桜なのに


ということで、今日午前中、母を近くの桜公園に連れていきました。


以前、写真を撮った同じ場所で母の写真を撮りましたが、なんか変な気分・・・



桜はあの頃と変わらず美しいのに、ちょっと人生に疲れた私の目にはどことなくはかないような、悲しいような空気が写っています。



人生の渋みを感じるのですね。



母の介護もそろそろ限界が見えてきましたので、老人介護施設入所の検討を始めました。



親との別れは死別だけではなく、こういった形の別れもあるのです。

ロング・グッドバイは救いでもある?


まさにロング・グッドバイ。


でも一方で、もしかすると私のためにはこれだけの時間と介護の大変さが、別れの悲しさを相殺してくれる意味もあるような気がします。



認知症発症前の母は元気で明るく、私たち子供はなにかにつけ、頼りにしていたもの。



あの元気な母のまま、亡くなったら・・・母ロス感は非常に大きいものとなったことでしょう。



昭和乙女世代には、喪失経験は痛手が大きいですので、そういった意味では



早くいなくならないかな?

などと思える介護の日々はある意味、救いでもあるのです。


ロング・グッドバイ、味のある言葉だなぁと感心した桜満開の午後でした。