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以前、新聞の論壇に小熊英二氏の「うさぎ跳びから卒業を」が載っておりました。


内容がすごくストンと心に落ちる、つまり共感しましたのでご紹介いたしましょう。


その内容とは


 

うさぎ跳びとは、現代ではやってない運動ですが、私達昭和乙女世代が義務教育時代は体育の自習のときなど、よくあったものでした。


しゃがんで、両腕を後ろにまわして、うさぎみたいにピョンピョン跳ねて進む、あの運動です。



このうさぎ跳び、
実は関節や筋肉を傷める可能性が高いわりに効果があまりない運動なのだそうです。


ただ、なんとなく根性つけるとか、部活のスパルタメニューみたいなものであった記憶はあるんですね。


バレーボールのアニメ「アタック№ワン」でも主人公の女の子がうさぎ跳びしてるとこに、監督からのボールがビシバシ飛んできて当たるなんて場面が普通に放送されてましたもん。



あれって、今思えば監督によるイジメに近いものでしょう。


根性をつけるという名目のもとにイジメに近いことが運動部などで延々と続いていた、そんな暗い時代でもありました。



さて、歴史社会学者の小熊氏は


このうさぎ跳びが「見当違いな努力」であり、実害を及ぼすものなのですが、

同様の社会に実害を及ぼす見当違いな努力を変えなくてはならないと警鐘を鳴らしているのです。


例えば教育では、中学校教員の労働時間は世界一だけど、時間の大半は授業ではないものにとられ、結果として教育効果が上がらないと断じているのです。



また、日本の労働生産性においても24時間営業の店が多くなり、みんな労働時間は長く頑張っているのだけど、国内の消費需要はお店が頑張っても限度がありますから、頭打ちになります。



それでも労働時間を長くするブラック体質で、日本の労働者の人的資源を使いつぶしているというのです。


ここが一番共感できたところでした。


働けば時間に応じて、売り上げが伸びるならやりがいもあるかもしれません。



でも、頭打ちの状況でさらに過酷な労働をしても、


上乗せした労働分だけ、労働者が疲弊してしまい、最終的にはうつとか過労死を引き起こし、社会保障費を食いつぶすことになってしまうでしょう。


もう日本はとっくの昔に、労働時間を増やすことは止めなくてはならなかったのです。


なのに、根性論みたいなうさぎ跳びを延々と続けているから人生は楽しくないものになり


生きてる価値すら見失う殺伐とした社会になってしまったのです。

そろそろうさぎ跳びはやめる時代


私自身、昨年リタイアしましたけど、

もう働くことに関しては懲り懲り。


やってもやっても、こなす人に仕事がより多く、大変なものになって降りかかるばかりです。



なのに、できない人やずるい人には楽な仕事が少なく回って、給料同じですから(怒!)。

 

人を「仕事のやりがい」などという綺麗ごとでなんでも押し付けよう、搾取しようという卑しい心根が透けて見えるのに嫌気がさしたのです。


なので、リタイヤしてからの日々は



「一応、自分の社会貢献する時代は終わったんだよね」といった、ちょっとノスタルジックながらほっとした感じのものでした。



とはいえ、今後ますます働き手の労働環境がブラック化するわけにはいかないと思いますので



無駄なうさぎ跳びを社会から撲滅していく運動が広まっていけばいいなと思います。

みなさん、うさぎ跳びは一斉に止めてみませんか?