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最近、コレステロール関連の書籍を読む機会が多いです。

メタボ対策とかコレステロール対策には、菜食とかマクロビオティックも人気のようですね。

ただ、あまりに菜食に過ぎるのも新型栄養失調の症状が出たりしますので、何事も程度問題なのかもしれません。


先日からゆる糖質制限食を始めましたが、これはタンパク質や脂質もしっかり取るっていう食事法。

まだ1週間になりませんけど、かなり体が楽になった感じがします。

そして思うのは、

私達人間には菜食あるいは草食への憧れみたいなものがあるのかもしれないってこと。


生きている以上、他の命をいただかなくてはならないのがこの世の常です。


でも、

私達は生きているブタや鶏を殺して、血にまみれた肉を食べることを無意識のうちに見たくないのではないでしょうか。


なんとなく、血の出ない植物の実とか葉なら殺生感が少ないし、命を食べている感が少ないです。

宮沢賢治がヨタカの星で書いていましたが、他の生き物にとっては自分は肉を食らう鬼のような存在かもしれない。

けど、他の命を奪っておきながら自分の命を取られるときは必死に逃れたいと思うのが生きているものの宿命なのです。

菜食とかマクロビオティックという思想の根底には、せめて植物を食して命を奪う業を軽くしたい気持ちが隠れているような気がするのです。

でも、結局のところ、菜食やマクロビオティックで細った体に、鶏肉のから揚げとかローストビーフは強烈な栄養回復をもたらす場合も多々あるのよね。

実際に、肉&脂質をしっかり摂ることで体調も指先も、気力も回復しつつある私としましては、

自分の体をあまりに観念的に考えすぎていたかもしれないという反省を禁じえません。

どんなに頑張ってみても、ライオンは草で生き延びることはできませんし、だからといってシマウマを殺すライオンに原罪があるわけでも無い・・・

つくづく、生きているということは不条理なものなのですね。

そんな他の命を取ることの不条理を引き受けて生きるとき、私達は命をいただいた生命に対してできることはただ一つ。

心から感謝して、自分の命を限りなく愛し、大切にすることではないでしょうか。


植物だから血を見ないし・・・みたいな言い訳をする前に、全身で感謝するべきなのです。

奪った命は、私達の体に取り込まれて私達の体に生まれ変わって支えてくれています。

自分を大切にすることでしか、命をくれた生命に対してできることはないのです。


もっと自分を大切にしましょう。

そして、頂いた命でうんと楽しんで、いろんな経験をして「こいつに食われたけど、ま、頑張ってくれたよね」って言ってもらえるような時間を過ごしたいものです。