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今年も秋のお彼岸の季節がやってきました。


私もお盆の墓参りが軽い熱中症で行けなかったので、気候が落ち着く彼岸に墓参りを考えています。

お墓が自宅から車で1時間半かかるので、気軽に行ける距離ではないのですが。。



彼岸は亡くなった人の思い出が蘇る


そんな彼岸の季節になると、亡くなった親戚などの思い出も自然に蘇ってくるもの。

うちは母方の叔父達が大人数だったので、小さい頃よく遊んでもらった記憶があります。

叔父の連れ合いの叔母を思い出す



その中で最近よく思い出すのが長男叔父の連れ合いの叔母です。

叔母は小学校の教員を長らくしてまして、結婚もかなり遅かったと聞いています。

大きな山林持ちで、田畑も広い農家の跡取りである叔父は水力発電所に勤めており、休日に田畑仕事を祖父とやっている兼業農家でした。

農家の跡取りの嫁は苦労したはず



なので田舎に帰省すると・・・学校教員らしく、やや口うるさい叔母と、叔母の尻に敷かれる叔父、好き勝手にやってる気楽な祖父母と大勢の兄弟、いとこ達。

母は叔母にとって小姑ですから、なにかにつけ目線が厳しかったし、祖父母も昔の人ですのでそれなりに嫁姑の軋轢もあり。

まぁ、そんなごく普通のどこにでもある家庭の風景でした。

舅・姑・夫を見送る大変な人生



その後、祖父母も高齢で認知症になったり、寝たきりになったりで叔父・叔母は介護をして見送りました。

そのうち、叔父が先に認知症を発症し、その面倒を見たのも叔母。

二人には子供はいませんでしたので、叔母は嫁入りしてから、教員を続けつつ、夫の両親と夫を看取ったことになります。

今は病院に入院していると風の噂に聞きますが、どうしていることやら。

私の親より高齢なので、もしかすると亡くなったかもしれません・・・

なぜ叔母は結婚したのだろう?



その叔母をどうして最近よく思い出すのか?というと、
なぜ叔母は介護が大変であろう農家の跡取りに嫁入りしたのか?」という疑問からです。

教員を定年までやりましたので、あの世代ならたっぷりの年金があるはず。
叔母に3人の兄弟はいましたが、皆叔母より先に亡くなり、その病院付き添いなどしたのも叔母だそうです。

結婚もかなり晩婚でしたし・・・彼女に結婚のメリットってあったんだろうか?と思いを巡らしてしまうのです。

むしろ、結婚しないで一人でいたほうが経済的にも人間関係のストレス的にも楽だったはず。

それは・・・愛?



それでも結婚したということは・・・もしかして、見合いとはいえ、叔父を愛していた、からなのでしょうか?

叔父も、農家の跡取りなので合格した東京の薬科大を辞退したと聞きます。
田舎の片隅で、薬学部の夢を諦めた叔父に、同志のような共感を持っていたのかしら?

昭和の激動の世の中を生きた、どこにでもいる地味な女性の人生ですが、スポットを当てると・・・なんだか重みが感じられる気がしませんか?

多分、叔父夫婦はなんだかんだ言っても、幸せだったのだと思います。

人生、すべて思うとおりにはならないけど、それでもささやかな幸せを感じて生きることができれば人生は十分なのかも・・・

なんてことを考えてみる、ちょっと物思いの午後でした。